資料詳細(表の下部に画像が表示されるまで時間がかかります)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収蔵館 | 房総のむら(BOSO NO MURA) |
| 資料分野 | 民俗資料 |
| 資料番号1(記号) | C |
| 資料番号1(番号) | 0965 |
| 資料番号1(枝番1) | 77 |
| 資料番号1(枝番2) | 23 |
| 資料名 | 裁縫雛形 (寝冷不知紐附) |
| 資料名ふりがな | さいほうひながた(ねびえしらずひもつき) |
| 分類2 | C公開 |
| 時代 | 昭和初 ※民俗資料は製作年、絵はがきは撮影年 |
| 場所(市町村) | 佐原 久保木裁縫所 ※民俗資料は製作地、絵はがきは撮影地 |
| 解説(Jpn.HP) | 久保木裁縫所資料の中の1点です。久保木裁縫所は大正の半ばから昭和40年代にかけて佐原にあった裁縫塾です。この資料は子ども用の寝冷え知らずを実寸法の13にしてつくられた雛形です。書き込み等がないので、いつ、どこで作られたかはわかりませんが、久保木裁縫所の先生が何らかの機会に作ったものでしょう。雛形は明治から昭和10年代くらいまで、裁縫学校、裁縫塾などの裁縫の授業の場で作られていました。雛形を裁縫の授業の中で積極的に取り入れたのは、東京裁縫女学校(現在の東京家政大学)の創始者、渡辺辰五郎です。実物の数分の一にしたものを作るので、製作にかかる時間が短縮され、短時間で多くの種類のものを学ぶことができました。また、縫う部分が少ないので、生徒間で差ができにくく一斉教育に適していました。雛形の作成にあたっては、同じく渡辺辰五郎の考案による「雛形尺」とよばれる、鯨尺を13にした物差しを用いていました。なお、久保木裁縫所資料について詳しくは千葉県立房総のむら編「町と村調査研究 第2号」(平成11年)をご覧ください。 |