資料詳細(表の下部に画像が表示されるまで時間がかかります)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収蔵館 | 房総のむら(BOSO NO MURA) |
| 資料分野 | 民俗資料 |
| 資料番号1(記号) | C |
| 資料番号1(番号) | 0965 |
| 資料番号1(枝番1) | 77 |
| 資料番号1(枝番2) | 10 |
| 資料名 | 裁縫雛形 (脇縫目ナシズボン下) |
| 資料名ふりがな | さいほうひながた(わきぬいめなしずぼんした) |
| 分類2 | C公開 |
| 時代 | 1914年 ※民俗資料は製作年、絵はがきは撮影年 |
| 場所(市町村) | 東京裁縫女学校 ※民俗資料は製作地、絵はがきは撮影地 |
| 関連情報 時代 | 大正4年 ※民俗資料は使用年、絵はがきは発行年 |
| 解説(Jpn.HP) | 久保木裁縫所資料の中の1点です。久保木裁縫所は大正半ばから昭和40年代に佐原にあった裁縫塾です。この資料は、久保木裁縫所の先生が東京の渡辺学園東京裁縫女学校に通っていた時に、裁縫の授業の際に作ったもので、(大人)脇縫目ナシ(腰廻附)ズボン下を実寸法の13の大きさにして作った雛形です。資料には「脇縫目ナシヅボン下 東京裁縫女学校 速成科(作者名)」の墨書があり、授業の中で作られたこと、提出物であったことがわかります。雛形は明治から昭和10年代頃まで、裁縫学校、裁縫塾などの裁縫の授業の場で作られていました。雛形を裁縫の授業の中で積極的に取り入れたのは、東京裁縫女学校(現在の東京家政大学)の創始者、渡辺辰五郎です。実物の数分の一にしたものを作るので、製作にかかる時間が短縮され、短時間で多くの種類を学ぶことができました。また、雛形の形成にあたっては、同じく渡辺辰五郎の考案による「雛形尺」とよばれる、鯨尺を13にした物差しを用いていました。なお、久保木裁縫所資料について詳しくは千葉県立房総のむら編『町と村調査研究 第2号』(平成11年)をご覧下さい。 |